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每日阅读(3.2):金大中氏の拉致事件

时间:2009-03-02 10:41:24  来源:本站原创  作者:Echo

やはりそうだったかと、苦い思いがした。73年に東京で起きた金大中氏の拉致事件について、韓国政府の委員会が、当時の中央情報部(KCIA)による組織ぐるみの犯行と断定する報告書をまとめたという。

       据报导,韩国政府委员会整理的报告书中,判断73年在东京发生的金大中绑架事件是当时中央情报局(KCIA)所进行的组织性犯罪。笔者不由感慨了句“果真如此啊”,心里觉得很难受。

 

当時、犯行現場からは、韓国大使館のKCIA要員である1等書記官の指紋が見つかった。書記官は今も韓国に健在で、実行への関与を認めたという。いわば容疑者の犯行声明が出たようなものだ。

       当时,在犯罪现场找到了身为KCIA人员的韩国大使馆一等秘书的指纹。秘书如今仍健在,身处韩国。据报导他已承认参与了犯罪。即是说,犯罪嫌疑人业已做出了犯罪声明。

 

証拠がありながら、この書記官が逮捕されなかったのには訳がある。「これでパーにしよう」。拉致から数カ月後の政治決着の場で、田中角栄首相がこう述べて捜査を事実上終わらせたことが、韓国が今年公開した外交文書で明らかになっている。

       在证据确凿的情况下,这名秘书未被逮捕是有缘由的。韩国今年公开的外交文书表明,田中角荣首相在绑架数月后的政治决断方面上称:“双方这样扯平吧”,实际上终止了搜查。

 

犯行を不問に付した政治決着の後、金大中氏が歩んだ道は過酷だった。80年に起きた光州事件の首謀者として逮捕され、死刑判決を受ける。獄中から妻子に出した手紙を編んだ『獄中書簡』(岩波書店)の序文で述べている。「日本で、私のために数百万の署名が集められ、各地でデモンストレーションが起こっているということを知ったとき、私がどんなに強く励まされ、感謝したことか!」

       在做出不追究罪行的政治决断后,金大中所走的路是相当严酷的。他作为80年的光州事件主谋者被逮捕,被判死刑。《狱中书简》编集了他在狱中写给妻儿的信,其序文中写到:“当我知道在日本为了我征集了数百万签名,各地连连发生示威运动时,我真的受到很大鼓舞,非常感谢!”

 

日韓の政府には苦言を呈す。「何よりも両国の指導者の思慮のなさと過ちからくる、両国民の間にある不信と憎悪の門の、なんと固く閉じられていることか!」

く‐げん【苦言】

本人のためを思い、言いにくいところまであえて言って、いさめる言葉。「―を呈する」

       他同时忠告了日韩两国政府:“最重要的是,两国领导人的考虑不周及犯下的过错,造成两国国民间紧紧关上了一堵怀疑和憎恶的门。”

 

 拉致事件が起きたのは、田中首相が今太閤と言われて政権の座に就いた翌年だった。その3年後の7月27日、ロッキード事件で逮捕された。暑かったあの日から30年がたつ。

       这起绑架事件发生于田中首相坐上“当代丰臣秀吉”之位的第二年。三年后的7月27日,他因洛克希德丑闻案被捕。从那个炎炎夏日到今天已过了30年。

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