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每日阅读(10.18):久世光彦さん

时间:2008-10-18 10:15:20  来源:本站原创  作者:Echo

「子供のころ、男の子のくせに、端午(たんご)の節句よりも、桃の節句の方が好きだった」。母が嫁入りの時に持ってきた雛(ひな)人形は「長い年月の埃(ほこり)と黴(かび)の匂いがした。——私は、それが好きだったのかもしれない」。自著『昭和恋々 パートII』(清流出版)にこう書いた演出家で作家の久世光彦さんが70歳で亡くなった。

       “孩童时期,我一个男孩子,偏偏喜欢女孩节更胜过男孩节。”母亲出嫁时所带来的女孩节偶人“散发着岁月的尘埃和霉味。——或许我只是喜欢那种感觉吧。”导演兼作家的久世光彦先生在自著《昭和之恋 Part II》(清流出版)中如是写道。他于70岁离开了人世。

 

 テレビドラマ「寺内貫太郎一家」に出演した小林亜星さんは、心のひだの裏側を理屈でなく分かる人だったと惜しんだ。確かに人生の機微を切れのいい文章でつづり、卓抜なテレビドラマにした。描いたものは人々の心のひだであり、時代のひだでもあった。

ひだ【×襞】

1 衣服や布地などにつけた細長い折り目。

2 衣服のひだのように見えるもの。精神的なものについてもいう。「山の―」「心の―に触れる」

3 キノコの傘の裏側にあるしわ。菌褶(きんしゆう)。

       出演过电视剧《寺风贯太郎一家》的小林亚星先生表示很可惜,说久世先生能真正洞察到人们内心最微妙隐秘的一面。的确,他将人生种种生动的细节汇编于文章中,再将其搬上屏幕,改编成杰出的电视剧。他在描绘人们心灵细节的同时,也折射出了时代的面貌。

 

 改めて幾つかの著書を開くと、そのひだの数々が現れる。三輪車、木造校舎、縁側、汽車、番傘、割烹着(かっぽうぎ)……。時とともに身の回りから消えていったものが巧みな筆でよみがえる。

       再次翻开几本久世先生所著的书,便能看得出他的细察深思。三轮车、木造校舍、长廊、列车、油雨伞、烹饪服……久世先生用巧妙的笔调再现了这些随着时代的发展逐渐在人们生活中消失的东西。

 

 「冬の朝、布団の中で目を覚ますと、いろんな匂いがしたものだ。台所から廊下伝いに漂ってくる味噌汁の匂い、うっすらと垣根の山茶花(さざんか)の香り、その中に交じって焚火(たきび)の煙の匂いもあった」。写真と文を組み合わせた「焚火」の一節だ。

       “冬天早上,窝在被子里睁开眼,各种气味便扑鼻而来。厨房的酱汤味悠悠飘到了走廊上,还有篱笆的山茶花淡淡的馨香,交杂着柴火的烟味。”这是图文并茂的文章《焚火》中的一节。

 

 古物屋の大時計の写真の脇には、こう記されている。「街にしても建物にしても、そして人の一生にしても、すべての物語の主役は——〈歳月〉である」

       在古董屋大钟的照片旁边,记有这样一段文字。“街道也好,建筑也好,甚至是人生也好,所有故事的主役都是——岁月。”

 

 いっときも止まらずに流れてゆく年月の中で、記憶にある日々を形にしてとどめ、後の世代に伝えようと力を尽くした。久世さんは、いわば昭和という名の列車にともる後尾灯だった。一筋の光跡を描きながら、その列車が遠ざかってゆく。

       永不停流的岁月之河中,久世先生努力将记忆中的日子化作物形,传留给后人。久世先生就像昭和这辆列车的尾灯一般,在他描绘这最后的光迹的同时,列车已呼啸着驶远。

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