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中日对照"日本文学":《罗生门》林少华译本

时间:2011-06-19 20:18:07  来源:本站原创  作者:suketu
 
《罗生门》是日本近现代著名作家芥川龙之介的代表作品,这部短篇小说继承了日本古典文学的意境特点,同时反映了人从内心中对自由的渴望,讽刺了日本古来的等级社会制度。《罗生门》自出版以来受到各国读者的欢迎,大导演黑泽明将《罗生门》和《密林中》的两部作品结合在一起推出了电影版《罗生门》也引起了世界各国观众的轰动。
    作为芥川的文学代表作《罗生门》不仅在世界译本众多,在中国也有很多著名学者对其进行了翻译。这里小邹为大家推荐两个译本:一个是近代文学泰斗鲁迅先生的译本,一个是当代著名翻译家林少华教授的译本。从两个译本中相信大家能感受到不同时期和文化背景下语言运用和表达方式的不同。
 
 
罗生门
芥川龙之介
 
 ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、罗生门(らしょうもん)の下で雨やみを待っていた。
 広い门の下には、この男のほかに谁もいない。ただ、所々丹涂(にぬり)の剥(は)げた、大きな円柱(まるばしら)に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。罗生门が、朱雀大路(すざくおおじ)にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)や揉乌帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには谁もいない。
 何故かと云うと、この二三年、京都には、地震とか辻风(つじかぜ)とか火事とか饥馑とか云う灾(わざわい)がつづいて起った。そこで洛中(らくちゅう)のさびれ方は一通りではない。旧记によると、仏像や仏具を打砕いて、その丹(に)がついたり、金银の箔(はく)がついたりした木を、路ばたにつみ重ねて、薪(たきぎ)の料(しろ)に売っていたと云う事である。洛中がその始末であるから、罗生门の修理などは、元より谁も舍てて顾る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、狐狸(こり)が栖(す)む。盗人(ぬすびと)が栖む。とうとうしまいには、引取り手のない死人を、この门へ持って来て、弃てて行くと云う习惯さえ出来た。そこで、日の目が见えなくなると、谁でも気味を悪るがって、この门の近所へは足ぶみをしない事になってしまったのである。
 その代りまた鸦(からす)がどこからか、たくさん集って来た。昼间见ると、その鸦が何羽となく轮を描いて、高い鸱尾(しび)のまわりを啼きながら、飞びまわっている。ことに门の上の空が、夕焼けであかくなる时には、それが胡麻(ごま)をまいたようにはっきり见えた。鸦は、勿论、门の上にある死人の肉を、啄(ついば)みに来るのである。――もっとも今日は、刻限(こくげん)が遅いせいか、一羽も见えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に长い草のはえた石段の上に、鸦の粪(ふん)が、点々と白くこびりついているのが见える。下人は七段ある石段の一番上の段に、洗いざらした绀の袄(あお)の尻を据えて、右の頬に出来た、大きな面疱(にきび)を気にしながら、ぼんやり、雨のふるのを眺めていた。
 作者はさっき、「下人が雨やみを待っていた」と书いた。しかし、下人は雨がやんでも、格别どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿论、主人の家へ帰る可き筈である。所がその主人からは、四五日前に暇を出された。前にも书いたように、当时京都の町は一通りならず衰微(すいび)していた。今この下人が、永年、使われていた主人から、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた下人が、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、适当である。その上、今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影响した。申(さる)の刻(こく)下(さが)りからふり出した雨は、いまだに上るけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日(あす)の暮しをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきから朱雀大路にふる雨の音を、闻くともなく闻いていたのである。
 雨は、罗生门をつつんで、远くから、ざあっと云う音をあつめて来る。夕暗は次第に空を低くして、见上げると、门の屋根が、斜につき出した甍(いらか)の先に、重たくうす暗い云を支えている。
 どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を选んでいる遑(いとま)はない。选んでいれば、筑土(ついじ)の下か、道ばたの土の上で、饥死(うえじに)をするばかりである。そうして、この门の上へ持って来て、犬のように弃てられてしまうばかりである。选ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊(ていかい)した扬句(あげく)に、やっとこの局所へ逢着(ほうちゃく)した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、结局「すれば」であった。下人は、手段を选ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その后に来る可き「盗人(ぬすびと)になるよりほかに仕方がない」と云う事を、积极的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。
 下人は、大きな嚔(くさめ)をして、それから、大仪(たいぎ)そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶(ひおけ)が欲しいほどの寒さである。风は门の柱と柱との间を、夕暗と共に远虑なく、吹きぬける。丹涂(にぬり)の柱にとまっていた蟋蟀(きりぎりす)も、もうどこかへ行ってしまった。
 下人は、颈(くび)をちぢめながら、山吹(やまぶき)の汗袗(かざみ)に重ねた、绀の袄(あお)の肩を高くして门のまわりを见まわした。雨风の患(うれえ)のない、人目にかかる惧(おそれ)のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い门の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を涂った梯子(はしご)が眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ死人ばかりである。下人はそこで、腰にさげた圣柄(ひじりづか)の太刀(たち)が鞘走(さやばし)らないように気をつけながら、藁草履(わらぞうり)をはいた足を、その梯子の一番下の段へふみかけた。
 それから、何分かの后である。罗生门の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を杀しながら、上の容子(ようす)を窥っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い须の中に、赤く脓(うみ)を持った面疱(にきび)のある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括(くく)っていた。それが、梯子を二三段上って见ると、上では谁か火をとぼして、しかもその火をそこここと动かしているらしい。これは、その浊った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛(くも)の巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この罗生门の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。
 下人は、守宫(やもり)のように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで这うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、平(たいら)にしながら、颈を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内を覗(のぞ)いて见た。
 见ると、楼の内には、噂に闻いた通り、几つかの死骸(しがい)が、无造作に弃ててあるが、火の光の及ぶ范囲が、思ったより狭いので、数は几つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿论、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人间だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏(こ)ねて造った人形のように、口を开(あ)いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一层暗くしながら、永久に唖(おし)の如く黙っていた。
 下人(げにん)は、それらの死骸の腐烂(ふらん)した臭気に思わず、鼻を掩(おお)った。しかし、その手は、次の瞬间には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある强い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を夺ってしまったからだ。
 下人の眼は、その时、はじめてその死骸の中に蹲(うずくま)っている人间を见た。桧皮色(ひわだいろ)の着物を着た、背の低い、痩(や)せた、白髪头(しらがあたま)の、猿のような老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松の木片(きぎれ)を持って、その死骸の一つの颜を覗きこむように眺めていた。髪の毛の长い所を见ると、多分女の死骸であろう。
 下人は、六分の恐怖と四分の好奇心とに动かされて、暂时(ざんじ)は呼吸(いき)をするのさえ忘れていた。旧记の记者の语を借りれば、「头身(とうしん)の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の间に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の亲が猿の子の虱(しらみ)をとるように、その长い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪は手に従って抜けるらしい。
 その髪の毛が、一本ずつ抜けるのに従って、下人の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同时に、この老婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ动いて来た。――いや、この老婆に対すると云っては、语弊(ごへい)があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に强さを増して来たのである。この时、谁かがこの下人に、さっき门の下でこの男が考えていた、饥死(うえじに)をするか盗人(ぬすびと)になるかと云う问题を、改めて持出したら、恐らく下人は、何の未练もなく、饥死を选んだ事であろう。それほど、この男の悪を憎む心は、老婆の床に挿した松の木片(きぎれ)のように、势いよく燃え上り出していたのである。
 下人には、勿论、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この罗生门の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に许すべからざる悪であった。勿论、下人は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。
 そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飞び上った。そうして圣柄(ひじりづか)の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。老婆が惊いたのは云うまでもない。
 老婆は、一目下人を见ると、まるで弩(いしゆみ)にでも弾(はじ)かれたように、飞び上った。
「おのれ、どこへ行く。」
 下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞(ふさ)いで、こう骂(ののし)った。老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。下人はまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人は死骸の中で、しばらく、无言のまま、つかみ合った。しかし胜败は、はじめからわかっている。下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、无理にそこへ(ね)じ倒した。丁度、鶏(にわとり)の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」
 下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘(さや)を払って、白い钢(はがね)の色をその眼の前へつきつけた。けれども、老婆は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球(めだま)が(まぶた)の外へ出そうになるほど、见开いて、唖のように执拗(しゅうね)く黙っている。これを见ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意识した。そうしてこの意识は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの间にか冷ましてしまった。后(あと)に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した时の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、下人は、老婆を见下しながら、少し声を柔らげてこう云った。
「己(おれ)は検非违使(けびいし)の庁の役人などではない。今し方この门の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄(なわ)をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今时分この门の上で、何をして居たのだか、それを己に话しさえすればいいのだ。」
 すると、老婆は、见开いていた眼を、一层大きくして、じっとその下人の颜を见守った。(まぶた)の赤くなった、肉食鸟のような、锐い眼で见たのである。それから、皱で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように动かした。细い喉で、尖った喉仏(のどぼとけ)の动いているのが见える。その时、その喉から、鸦(からす)の啼くような声が、喘(あえ)ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘(かずら)にしようと思うたのじゃ。」
 下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同时に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑(ぶべつ)と一しょに、心の中へはいって来た。すると、その気色(けしき)が、先方へも通じたのであろう。老婆は、片手に、まだ死骸の头から夺った长い抜け毛を持ったなり、蟇(ひき)のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人(しびと)の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人间ばかりだぞよ。现在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸(しすん)ばかりずつに切って干したのを、干鱼(ほしうお)だと云うて、太刀帯(たてわき)の阵へ売りに往(い)んだわ。疫病(えやみ)にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干鱼は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料(さいりよう)に买っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饥死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、饥死をするじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に见てくれるであろ。」
 老婆は、大体こんな意味の事を云った。
 下人は、太刀を鞘(さや)におさめて、その太刀の柄(つか)を左の手でおさえながら、冷然として、この话を闻いていた。勿论、右の手では、赤く頬に脓を持った大きな面疱(にきび)を気にしながら、闻いているのである。しかし、これを闻いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき门の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの门の上へ上って、この老婆を捕えた时の勇気とは、全然、反対な方向に动こうとする勇気である。下人は、饥死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その时のこの男の心もちから云えば、饥死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意识の外に追い出されていた。
「きっと、そうか。」
 老婆の话が完(おわ)ると、下人は嘲(あざけ)るような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面疱(にきび)から离して、老婆の襟上(えりがみ)をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、己(おれ)が引剥(ひはぎ)をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饥死をする体なのだ。」
 下人は、すばやく、老婆の着物を剥ぎとった。それから、足にしがみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。梯子の口までは、仅に五歩を数えるばかりである。下人は、剥ぎとった桧皮色(ひわだいろ)の着物をわきにかかえて、またたく间に急な梯子を夜の底へかけ下りた。
 しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから间もなくの事である。老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで、这って行った。そうして、そこから、短い白髪(しらが)を倒(さかさま)にして、门の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々(こくとうとう)たる夜があるばかりである。
 下人の行方(ゆくえ)は、谁も知らない。
(大正四年九月)

底本:「芥川龙之介全集1」ちくま文库、筑摩书房
   1986(昭和61)年9月24日第1刷発行
   1997(平成9)年4月15日第14刷発行
底本の亲本:「筑摩全集类聚版芥川龙之介全集」筑摩书房
   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月
 
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罗生门
 
林少华 译
 
薄暮时分。罗生门下。一个仆人正在等待雨的过去。
    空旷的门楼下,除了他别无旁人。只有一只蟋蟀伏在红漆斑驳的粗圆的桂木门柱上。其实这罗生门位于朱雀大路,按理,除他以外,也该有两三个头戴高斗笠或三角软帽的避雨男女。然而惟他一人。
    这是因为,近两三年来京都连连遭灾:地震、龙卷风、大火、饥荒,不一而足。整个京城因此衰败不堪。据旧书记载,佛像和祭祀用具也已被毁,涂着红漆或饰有金箔银箔的木料被人堆在路旁当柴出售。都城既是如此光景,罗生门维修之类自然更是无从提起。于是,乐得狐狸来栖,盗贼人住,最后竟将无人认领的死尸也搬了进来,且日久成俗。这么着,每到日落天黑,人们便觉心里发怵,再没人敢走到此门的附近。
    取而代之的,便是乌鸦。很多乌鸦不知从何处飞来。白天看去,无数乌鸦一边叫着一边绕着两端的脊瓦往来盘旋。尤其门上方的天空回光返照之时,乌鸦浑如播撒的芝麻历历在目。无须说,它们是来啄食门楼上的死人肉的。不过,今天或许时间已晚,竟无一只飞临。目中所见,尽是已开始塌裂且从裂缝中长出长长杂草的石阶上点点泛白的乌鸦粪。仆人身穿洗得发白的青布褂,在七级石阶的最上一级弓身坐下,百无聊赖地望着雨丝。而右脸颊那颗大大的粉刺又给他增添了几分烦躁。
    作者刚才写道“仆人正在等待雨的过去”。其实,雨过去仆人也并没有什么事可做。若是往日,他自可返回雇主家里。但四五天前便被主人打发出门。前面已经说了,京都城当时已衰败不堪。眼下这仆人被多年的雇主打发出门无非是这衰败景象的一小片落叶而已。所以,与其说仆人在等待雨停,莫如说雨中的仆人无处可去无计可施更为合适。而且,今天的天气也加剧了不少这平安①年间仆人的sentimentalisme②。从未时下起的雨,直至申时仍无止息迹象。这样,仆人当务之急便是设法筹措明日的生计。也就是说,要为根本无法可想之事而想方设法。他一边沉浸在漫无边际的思绪里,一边似听非听地听着朱雀大路持续已久的而声。
  ①平安时期,日本古代断代史之一,从794年迁都平安京(现京都)开始持续400年。
  ②感伤,感伤主义。
 
    雨包拢着罗生门,雨声从远处飒然而至。暮色逐渐压低天空。抬头看去,门楼斜向翘起的脊瓦正支撑着重重压下的阴云。
    既然为无法可想之事想方设法,就无暇选择手段。如要选择,便只有饿死墙下或抛尸路旁,进而被人像拖狗一样拖来扔在这门楼上。而若不选择——仆人的思路兜了几圈之后,终于到了这一关口。可是这“而若”终究是“而若”。仆人固然对不择手段这点给予了肯定,但要想使这“而若”有个结局,随之而来的必然是“除非当强盗”。问题是仆人又没有勇气对此给予积极的认同。
    仆人打了个大大的喷嚏,很是艰难地站起身来。日暮生凉,京都城已冷得该生火炉子。门柱之间,风同暮色一起冷飕飕地穿过。那只伏在红漆柱上的蟋蟀,早已不知去向。
    仆人缩下脖颈,高高耸起黄汗衫青布褂下的双肩打量门楼四周。他想找一处好歹可以过夜的地方,一个没有风雨之患又避人眼目的安然存身之处。也巧,一架同样涂着红漆的通往门楼顶端的宽木梯闪入眼帘。楼顶即使有人,也全都是死人。仆人于是小心不让腰间鲨鱼皮柄腰刀滑出刀鞘,将穿着草鞋的脚踏上木梯最下一级。
    此后过了几分钟。通往罗生门顶端的宽梯中间,一个汉子像猫一样弓身屏息,窥看上面的动静。上面射下的火光,隐隐约约舔着他右侧的脸颊,映出短短的胡须和红肿的酒刺。仆人起始满以为上面清一色是死人。不料爬上两三级,上头竟似乎有人点火,且火光四处动来动去。那浑浊的黄色光亮在挂满蛛网的藻井上摇摇晃晃,一看便知上面有人。雨夜里居然敢在这罗生门上点火,笃定不是等闲之辈。
    仆人如壁虎一般蹑手蹑脚爬着楼梯,终于爬上顶头。而后身体尽可能放平,脖颈尽可能伸长,战战兢兢地扫视楼内光景。
    一看,里面果如传闻所言,几具死尸横躺竖卧地扔着。但火光照到的范围却意外狭小,看不清尸体的数量,仅可模模糊糊地辨出有的赤裸,有的着衣,当然男女混杂。而且全部泥塑木雕似的张着嘴巴伸着胳膊,狼藉地倒在楼板上,甚至很难相信他们曾是活人。肩、胸等隆起部位承受着昏黄的灯光,低凹部位则愈发阴影沉沉,无不哑巴一般永久地沉默了。
    死尸腐烂的臭气使得仆人不由得捂起鼻子。但下一瞬间却令他忘了捂鼻:一股汹涌的情感几乎将他的嗅觉劫掠一空。
    仆人的眼睛这时看清死尸中间蹲有一个人,一个身穿桧树皮色衣服的白发老太婆,又瘦又矮,浑如猴子。老太婆右手举着燃烧的松明,正在细细审视一具死尸的面孔。死尸头发很长,当是女尸。
    在六分恐怖四分好奇之心的驱使下,仆人竟一时忘了呼吸。那感觉,若借用一句旧书上的话语,正可谓“周身毛发变粗”。这时间里,只见老太婆把松明插在楼板缝上,旋即双手掐住眼下死尸的脖子,恰如老猴子给小猴子抓虱,一根根拔起那长长的发丝。头发丝顺手而下。
    随着头发丝的一根根拔落,恐怖从仆人心中一点点减却。与此同时,对老太婆强烈的憎恶则一点点增加。不,说对老太婆或许不够准确,应该是对所有恶的反感正在一分一秒地加剧。此时如果有人向这个仆人重新提起他刚才还在考虑的是饿死还是为盗的问题,想必他会毫不犹豫地选择饿死。也就是说,仆人对恶的憎恨之心已如老太婆插在地板上的松明势不可挡地燃烧起来。
    自然,仆人并不明白老太婆何以要拔死人的头发。因而他也不知道应将她归为善恶的哪一类才算合理。只是在仆人眼里,在这雨夜罗生门上拔取死人头发一事本身即足以构成不可饶恕的恶。当然,刚才自己本身还宁肯为盗的念头早已忘到九霄云外。
于是,仆人往两腿运了运力,从梯子一跃而上。他手按鲨鱼皮柄腰刀,大踏步走到老太婆跟前。对方的惊恐自不必说。
    老太婆看了一眼仆人,一如脱弦之箭跳起身来。
    “混账,哪里去!”仆人骂着,挡住被死尸拌得踉踉跄跄企图仓皇逃命的老太婆的去路。老太婆推开仆人仍要前逃,仆人再次挡住推回。两人在死尸群中默默推搡了一会儿。但胜负一开始就已见分晓。仆人终于抓住老太婆的手腕,用力将她扳倒。那手腕瘦得皮包骨,同鸡爪无异。
    “你在干什么?说!不说,瞧这个!”仆人丢开老太婆,霍地抽出腰刀,将白亮亮的钢刀贴到老太婆眼前。老太婆仍不做声,固执得如哑了似的,惟见双手簌簌发抖,肩头连连起伏,两眼睁得险些将眼珠儿挤出眶外。见此光景,仆人这才实实在在意识到老太婆的生死完全取决于自己的意志。这使得那股剧烈燃烧的憎恶之情不觉冷却下来。剩下的,只有大功告成的心安理得的愉悦与满足。仆人稍微缓和一下语气,向下看着老太婆道:
    “我不是按察使的衙役,是打门下过路的人,不会把你捆上绳子送去发落的。只是想知道这种时候你在这门上干什么,你说出来就算了事。”
    老太婆随即变本加厉地圆睁双眼,定定注视仆人的面孔。眼眶已经发红,目光如食肉鸟一样咄咄逼人。继而,像咀嚼什么东西似的动了动因皱纹而几乎同鼻子混在一起的嘴唇,尖尖细细的喉节也蠕动起来,鸟啼样的声音上气不接下气地传到仆人耳畔:
    “拔这头发、拔这头发,我是想用来做个发髻。”
    仆人对老太婆意外平庸的回答很感失望。与此同时,刚才的憎恶和冷冷的轻蔑又一并涌上心头。或许是这情感波动传导给了对方,老太婆一只手仍攥着从死尸头上拔下的长发,用癞蛤蟆低鸣般的语声嗫嚅着道出这样一段话来:
    “不错,拔死人的头发的确算不得正经勾当。可话又说回来,这些死人个个都是罪有应得的。我现在拔头发的这个女人,就曾把蛇一段段切成四寸来长说是鱼干拿到禁军营地去卖。要不是得瘟疫死了,怕现在也还在干那种营生。听说禁军们都夸她卖的鱼干味道鲜美,竟顿顿买来做菜。我不觉得这女人做的是缺德事。她也是出于无奈,要不然就只有饿死。同样,我也不认为我正在干的有什么不妥,也是因为没有别的办法,不这样就只能坐着等死。所以,这个深知事出无奈的女人想必也会原谅我这种做法的。”
    以上就是老太婆说的大致意思。
    仆人把刀收回刀鞘,左手按着刀柄,冷静地把话听完。当然,听的过程仍为右手摸着的脸颊上那个红肿的大酒刺感到心烦。但听着听着,仆人心中生出了某种勇气,而这正是他刚才在门下所缺少的。但其趋向则同爬上门楼抓老太婆时的勇气截然相反。仆人已不再为饿死或为盗的选择而犹豫不决。不仅如此,作为他此时的心情,早已把什么饿死之念逐出意识之外——这点几乎连考虑的余地都无从谈起。
    “真是这样的?”老太婆话音刚落,仆人便以不无嘲讽的语调问道。问罢跨前一步,从酒刺上移开右手,出其不意地抓住老太婆的上衣襟,咬牙切齿地说:“那好,我剥掉你的衣服!你可不要恨我,要不然我就得饿死!”
    仆人三下两下扯掉老太婆的衣衫,一脚把抱住自己腿不放的老太婆踢倒在死尸上。到梯口只有五步远,仆人把剥下的桧树皮色衣服夹在腋下,转眼跑下陡梯,消失在夜的深处。
    过了好一会儿,死一样倒着的老太婆才从死尸中撑起裸体,发出不知是呓语还是呻吟的声响,借着仍在燃烧的火光爬到楼梯口,垂下短短的白发朝门下张望。外面,惟有黑洞洞的夜。
    仆人的去向,自然无人知晓。

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