武士道

日本人の死生観に最も大きな影響を与えたのは仏教である。浄土宗は「厭離穢土　欣求浄土」と言って、汚れたこの世を離れ、極楽浄土を求むべきだと唱えた。また禅宗の一派曹洞宗の日本における開祖道元は、その著『正法眼蔵』の中で、「生死を生死にまかす」として、生死の問題にとらわれることなく、死の時には生への執着を捨てて死に徹し、生の時には生に徹して一瞬一瞬に全力を尽くして生きることを教え、鎌倉時代以降、明日にも戦場に散るかもしれない武士たちの心の支えとなってきた。

江戸時代に入り、官僚化した武士に対する復古の動きとして、盛んに「武士道」が唱えられるようになる。江戸時代中期に九州佐賀藩の武士道の書『葉隠』では、「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」と言ってのけている。ここでは禅宗の言葉を一歩強めて、死に徹することが、完全なる生にもつながる、との考え方が示されている。

それを徹底したのが武士道における「切腹」で、腹という致死性の少ない部分を裂き、壮絶に死ぬことを演出して、自らの名と家名を活かし遺族への保障を得る。それが切腹という儀礼であり、また、制度でもあった。