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日语一级阅读测试5(有答案)

时间:2008-02-22 22:23:37  来源:本站原创  作者:Echo

人間が環境に適応してうまく生きていくためには、子どもにしろ、学生にしろ、あるいはまた社会人にしても、さらに一家の主婦でも一国の総理大臣でも、自分の置かれた状況を意識し、その中での自身の立場をよく知り、考え、それによって今どのように行動したらよいかを正しく判断することがもとめられます。この場合に動員される精神機能が、知能です。したがって知能には、直感とかひらめきのような瞬間的に心に浮かぶ判断力から、瞬間的にはわからないが長時間熟慮の末にようやく一つの判断にたどりつく心の働きまで含まれることになります。〔①〕、心の働きのみちすじや精神活動の手続きを踏まない本能的行動や動物本来の反射的行動などは。知能とはいえません。たとえとして、②野生のサルが食べ物を探して食べる行動を見てみましょう。  

 まず、サルが空腹を覚えることは、動物本来の生理的感覚ですから知能ではありません。しかし、その空腹感によって食べ物を求めようとするとき、どこに食べ物がありそうかと考え、そちらの方向へ移動を始めようとするのはサルなりに判断が働きますから知能でしょう。ところで移動のさい、どの道を都通ったら安全で効果的かの選択は知能によりますが、走ったり歩いたりの筋肉運動自身は、機械的になされますから知能活動とはいえません。〔A〕

 ともかくそのようにして、ある物体を目撃し、それが食べ物か否かの判断はサルの知能によります。つまり、サルはその物体を直感的にか仔細にかいずれにせよ観察して、③それがやはり食べ物だと見抜きます。そこで食べ始めるわけですが、元来物を食べる行為は、無防備になることですから、サルは安全に食べられる場所をさがさなければなりません。安全と思われる場所で食べはじめても、不意の外敵に襲われないよう絶えず周囲に気を配っていなければなりません。このような用心は〔④〕。[B]

 一方、サルが食べ物をムシャムシャ食べるさい、食べ物をかむことは機械的に行われ、同時に唾液が口中に出てくることも反射によるものですから、知能とはいえません。じゅうぶん噛んでから胃のほうへ飲み込むことも消化管の反射運動ですので知能ではありません。[C]

 さて、このようにサルで観察される知能的行動と反射的・本能的行動の絡み合いは、⑤レベルに大きな差はあるものの、人間の場合にも原則として当てはまると思われます。つまり、人間では、サルと比べて知能を必要とする事柄が圧倒的に多いのですが、日常生活が知能と反射・本能によって営まれていることは、サルも人間も共通ではないでしょうか。[D]

 動物でもサルよりずっと進化の程度が低くなっていくと、その行動は知能によるものがだんだん減っていき、本能や反射に支配されるものが大部分となってきます。(中略)

 端的な例ですが、アメーバの行動は、完全に周囲の状況に対する反射によって怒るのであって、アメーバが、多少であっても知能を働かせて行動することがあるとは考えられません。言い換えれば、アメーバは、知能などなくても生きていかれるし、子孫も栄えているわけです。

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